幻覚肢体

「幻肢(げんし)」とは何か。この字のごとく、幻の四肢である。つまり、病気や怪我のために切断した四肢が、まだ存在するかのように感じる状態を指す。この切断した四肢が痛むことを「幻肢痛」と呼ぶ。

今回のカルテはまさに、この幻肢痛に悩む患者である。「足に腫瘍がある」との診断を受けて、彼は足を切断したが、切断部の痛みが止まらない。漢方医は、それと逆側の手に治療を施すことにした。さらに、こんな助言も告げる。「常に穏やかな心を保ち、自身の品格を重んじ、さらに立ち居振る舞いにも注意しなさい」。すると、彼の痛みは消えたという。

存在するはずもない足や手が痛む。何と妙なことだろう。実は、これは痛みの信号の仕業なのである。

人間の大脳には、感覚野があり、感じる部位によってそれぞれ細かく分かれている。例えば、足が切断された場合、その痛みの信号は切断後も、しばらくその感覚野に残り続ける。よって、存在しない足の痛みを感じるのである。

ここで漢方医の取った方法は面白い。切断部の逆側の手を治療したという。実は漢方には、「上の病には下を、下の病には上を治療する」「右の病には左を、左の病には右を治療する」という考えがある。これを巨刺(こし)、経刺、繆刺 (びゅうし)という。実際、西洋医学でも感覚神経や運動神経は脊髄で逆側の大脳へとつながることが確認されている。不思議なのは、この療法が何千年も前にすでに発見されていたことだ。いわゆる先進の医療機器が全く存在しない時代に。

さらに興味深いのは、漢方医が与えた助言である。「穏やかな心を保つようにしなさい」

漢方医がこのように言ったのは、この患者が切断手術に対し恨みを持っていたからだ。切断手術の前、納得行くまできちんと検査がなされなかったのである。

漢方医は、この気持ちもなくさない限り、真の回復は望めないと思ったはずだ。いくら漢方医が懸命の治療を施したとしても、切断手術への恨みがある限り、切断部位は存在し続け、彼を苦しみ続ける。だからこそ、穏やかな心の大切さを訴えたのであろう。

 

 
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