今回のカルテの主人公は、ある未亡人。彼女はかつて、飛行機事故で夫と子どもを亡くした。それ以来、毎日その事故の発生時刻になると、決まって感情が抑えきれなくなり号泣してしまう。
彼女はある日、精神科医を訪ねる。だが駄目だったので、漢方医を受診することにした。
この漢方医は彼女を問診する中である点に気づく。それは、「発作の起こる時刻は、ちょうど気血が心経に注ぐ時間(午の刻)」。よって漢方医は、心(しん)も発作の原因だと考えた。つまり、心理面、精神面だけが原因ではないと見たのだ。
そこで漢方医は、心(しん)に対して治療を施した。まずは、心(しん)に関するツボへの鍼灸。例えば、「膻中(だんちゅう)」、「内関(ないかん)」、「神門(しんもん)」など。そして漢方薬の処方。これは、温胆湯(うんたんとう)や天王補心丹(てんのうほしんたん)、導赤散(どうせきさん)などだ。
このように、心に対して治療した結果、程なく彼女の病状は改善した。
実は、気血はある時刻に沿って人体を循環している。これを漢方では「子午流注(しごるちゅう)」と呼ぶ。すなわち、気血は一日十二の刻で、それに対応する十二の経絡をめぐるのだ。
漢方は、陰陽五行説に基づいて複雑かつ膨大な体系を築き上げている。先ほどの子午流注(しごるちゅう)は、そのうちのわずか一部に過ぎない。このほかにも、五行すなわち木、火、土、金、水、(もく、か、ど、ごん、すい)には、対応する五臓――肝心脾肺腎がある。これらはみな、相生相克(そうじょうそうこく)の関係にある。
ちなみにこの相生相克の理論を用いると、治療も行える。特に古代に名医は、十分に活用していたという。例えば、華佗(かだ)の逸話だ。
華佗はある時、狂喜する患者を診た。そして、直接「死期が間近だ、急ぎ帰郷しなさい」と告げた。これこそ狂喜を治す治療だったのだ。つまり、患者に驚きと恐怖を与えて、患者の狂喜を抑制する。すなわち、驚き・恐怖の腎で狂喜の心(しん)を抑えるのだ。
中国の古書、『黄帝内経』には、もうこの種の記載がある。金・元時代の名医である張子和も、この種のケースが豊富だ。
【漢方の世界】カルテ(八)―「子午流注」が治療の鍵