アデア・ターナー 元英金融サービス機構(FSA)長官/インスティテュート・フォー・ニューエコノミックシンキング会長
[東京 10日] – 根強いデフレ圧力と公的債務問題に対して日本が取り得る最も有効な打開策は、中央銀行が財政赤字を穴埋めする「マネタリーファイナンス」を国民に向けて明示的に実行することだと、元英金融サービス機構(FSA)長官のアデア・ターナー氏は述べる。
具体的には、政府が2019年10月の消費増税を延期した上で2020年代半ばまで大幅な財政赤字を出し続けることを許容する一方、日銀は政府による国債発行とほぼ同じペースで国債購入を続け、かつその一部を無利子の永久債としてバランスシートの資産に計上し、実質的に「消却」すべきだと説く。
同氏の見解は以下の通り。
<「リカーディアン均衡」から脱却を>
日本政府と日銀に対する提案は3つある。第1に、政府は2019年10月に予定している(8%から10%への)消費税率引き上げを再延期し、高水準の財政赤字を計上し続けるべきだ。民間貯蓄超過を穴埋めするためには、相当規模の公的赤字が2020年代半ばまで必要なことを甘受すべきである。
第2に、日銀は、政府による国債発行とほぼ同じペースで国債を購入し続けるべきだ。そうすることで、日銀以外の主体が保有する国債が増えないようにする必要がある。
第3に、日銀は、保有国債の一部を無利子永久国債としてバランスシートの資産に計上し、実質的に「消却」すべきだ。併せて、一般企業グループにおける連結決算と同じように、政府と中銀を会計的に一体として捉える統合政府の考え方に従って、日銀保有分を公的債務から差し引いて考えることも強調すべきである。公的債務負担が実際のところは、よく言われている国内総生産(GDP)比250%よりも大幅に低い水準であるならば、国民のマインド面にポジティブな影響を与えるだろう。
これらの政策の組み合わせは、根強いデフレ圧力と公的債務問題に対して、日本が取り得る最も有効な打開策になると考える。日本は、追加的な政府支出の効果が将来の増税予測によって相殺されるという「リカーディアン均衡」にはまってしまっている。しかも、かなり強いリカーディアン均衡だ。この罠から抜け出すためには、(中央銀行が財政赤字を穴埋めする)「マネタリーファイナンス」を国民に向けて明示的に行う必要がある。
<現行の政策との違いは正直になるか否か>
実のところ私は、日本政府や日銀がすでに追求している政策について、正直になるべきだと言っているだけである。周知の通り、日銀は大規模な量的緩和を実施しており、そのバランスシートは国内総生産(GDP)比で90%に拡大している。
要するに、違いは、コミュニケ―ションにおいて正直になるか否かである。公式には、日銀はいずれ保有する国債を市場で売却し、政府は財政赤字を財政黒字に転換して借金を返すとしているが、それはにわかには信じ難いシナリオだ。逆に、政府・日銀がそうした姿勢を変えないために、人々がリカーディアン均衡から逃れられず、貯蓄に走り、政策効果が損なわれてしまっている。
日本政府・日銀は、より効果的なコミュニケーションを目指して、正直になるべきだ。正直になれないから、マイナス金利政策のような間接的な手法に頼ってしまう。マネタリーファイナンスを明示的に行うほうが、将来の金融安定という観点から見てもリスクが小さく、2%インフレ目標達成に向けて直接的な効果が期待できる。
もちろん、こうした手法に、為政者による乱用など政治的なリスクが伴うことは私も理解している。米国のように、これまでの政策ですでにインフレ目標を達成できそうな国がわざわざそのリスクを取りに行く必要がないのは自明だ。
だが、日本は違う。リカーディアン均衡にはまり、追加財政支出は効果を失い、日銀の量的緩和もインフレをもたらしていない。根強いデフレ圧力を拭い去るためには、マネタリーファイナンスの実行が唯一残された道だと考える。上述した政治的リスクについて言えば、(インフレ目標を達成するためのツールとして)日銀のみに実行権限を与えることで、大幅に軽減できるはずだ。
なお、マネタリーファナンスに対して必ず聞こえてくるのが、「インフレに歯止めがかからなくなる」との批判だが、そうした批判はゼロ金利や量的緩和の導入前にもあった。だが、現実を見てほしい。日本は今も低インフレから抜け出せていない。最大の脅威は引き続きインフレ圧力ではなくデフレ圧力なのだ。
*本稿は、特集「2018年の視点」に掲載されたものです。アデア・ターナー氏の個人的見解に基づいています。
*アデア・ターナー氏は、米ニューヨークに本拠を置くシンクタンク「インスティテュート・フォー・ニューエコノミックシンキング」会長。米マッキンゼー・アンド・カンパニー、米メリルリンチ(現バンクオブアメリカ・メリルリンチ)などを経て、2008年から13年まで英国の金融監督当局・英金融サービス機構(FSA、現在は複数組織に分割)の長官。ケンブリッジ大卒。近著に「BETWEEN DEBT AND THE DEVIL」(邦訳版「債務、さもなくば悪魔 ヘリコプターマネーは世界を救うか?」日経BP社刊)。
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