[東京 4日] – 日経平均株価指数は今年1月に直近の高値2万4129円を付け、その後反落に転じた。3月には高値から約16%下がった水準で底を打ち、以降はもみ合いの展開となっている。
1990年代以降の株価指数を俯瞰(ふかん)すると、日経平均では2万円を少し超えた水準で幾度も上昇トレンドがはね返され、日本株は長期右肩上がりのトレンドを失っていた。
米国株を含む海外主要先進国の株価指数が長期右肩上がりのトレンドを維持していることに比較すると、これは異色の出来事だ。もっとも、上場企業全体の時価総額で見ると、今年5月末は676兆円で、バブルのピークだった1989年12月末の611兆円をすでに超えており、日本株の四半世紀の停滞は終わったという見方もできなくはない。
しかし、日経平均や東証株価指数(TOPIX)に連動するインデックスファンド投資が増える状況下、株価指数ベースで長期右肩上がりトレンドに復帰できるかどうかは、重大な関心事だ。その点で、日本株は重要な分岐点に差し掛かっているように思える。
結論から言うと、今の日本株価指数が織り込んでいる目先1年程度の1株当りの利益(EPS)の伸び率は、米国株に比較すると非常に控えめだ。そのため来年3月までの予想として、今年1月の高値を更新する可能性も半々程度の確率でありそうだ。
もっとも、2019年以降に米国を含め世界景気が後退に向かう可能性が次第に高まることを想定すると、日本株がそのまま大幅に続伸することに賭けるのは危険だろう。むしろ長期的な右肩上がりトレンドへの復帰は、次の景気後退期にこれまでに比べて底値がどれほど切り上がることができるか、その点にかかっているように思う。
<右肩上がりのトレンドを失った訳>
なぜ日本株は過去四半世紀にわたって長期右肩上がりのトレンドを失ったのか。一般にこれはバブル崩壊後の日本経済の成長率の下方屈折が原因であると考えられているが、その要因候補は次のように整理できるだろう。
第1の要因はデフレ基調による名目国内総生産(GDP)成長率の低下である。低成長に移行したとはいえ、1994年から2018年第1四半期まで実質GDPは25%増加している。ところが、名目での増加率は9.5%(年率0.4%)にとどまる。
原理的な説明をすると、株価のファンダメンタルな価値は将来にわたる配当キャッシュフローの現在価値である。現在価値を計算する際、分子の配当キャッシュフローの期待伸び率はデフレ期待で低下する。一方、分母の割引率は無リスク資産利回りとリスクプレミアムの合計である。無リスク資産利回りとしての国債利回りは現在ゼロ%近傍だが、株価の変動性は低下していないのでリスクプレミアムは下がらない。その結果、デフレ、あるいは低インフレ下では株価のファンダメンタル価値は低迷する。
ただし、実はこの点で希望が持てる変化も生じている。アベノミクス下の2013年第1四半期から2018年第1四半期までの名目GDPの増加は10.0%となり、年率ではプラス1.9%に上昇している。この傾向が持続できれば、名目GDPも株価も右肩上がりトレンドに復帰し得るだろう。
第2の要因は世界における日本企業のシェア低下である。経済活動がグローバル化した今日、企業部門は国内市場が横ばいでも海外市場で業績を伸ばせば、収益と株価の右肩上がりは実現し得る。日本企業も貿易と現地取引合計の規模を拡大はしているが、新興国企業の追い上げなどで相対的なシェアが縮小しているのは承知の通りだ。
一方、株価のすう勢的な押し上げ要因もある。国民所得に占める資本分配率のすう勢的な上昇(=労働分配率の低下)である。資本分配率は1990年代に低下した後、2000年代にすう勢的な上昇トレンドをたどっている。資本所得は不動産賃料などを除けば大半は株式の配当と企業の内部留保なので、それが増加することは株価を押し上げる。
ただし、近年のトレンドは労働分配率の低下を通じて、国内消費の伸び率を抑制しており、日本経済の自律的な成長にはマイナスに働いていると筆者は危惧している。
<3ケース別に見た日経平均の予想推計値>
次にマクロ的な株価動向を予想するために、日経平均株価指数を対象に日本株の変動を支配している要因を明らかにしておこう。
株価変動要因の第1はEPSの変化である。これについては東証が日経平均ベースの株価収益率(予想ベースPER)を2004年9月時点から開示している。以下ではこれから逆算したEPSを使用する(EPS=株価指数/PER)。EPSは2004年9月を100として指数化すると、リーマン・ショック時の不況下では極端に減少したが、その後回復に転じ、2018年4月時点では222と2倍余に増加している。これは株価のすう勢的な押し上げ要因である。
第2の要因は投資家のリスク回避度(逆に言うとリスク許容度)だ。何かしらのショックが市場に起こり株価が急落すると、投資家層はリスク回避度を強め(リスクオフ)、リスク回避と株価の下落が相互依存的に進む。逆に株価上昇局面では投資家の楽観度が強まり(リスクオン)、リスク回避度の低下と株価の上昇が進む。
この度合いを示す指数としては米国の株価指数S&P500のオプション価格から抽出された予想変動率(ボラティリティー)に基づいたVIX指数が有名だ。VIX指数は株価指数の上下動と負の相関関係にあることが知られている。日本でも日経平均VI(日経平均ボラティリティー指数)が算出、公開されるようになったので、これを使用しよう。
第3の要因は日本の特殊事情として円相場である。投資家の「リスクオフ=円高・株安」「リスクオン=円安・株高」という関係性が長期にわたって形成されてきたことは、本連載「株安・円高の呪縛が解ける日」(2016年8月22日付)で説明した通りだ。
以上のデータから2005年9月から2018年4月の期間について、日経平均の前年同月比(%)を対象に、1)EPSの前年同月比(差分)、2)日経平均VI(水準)、3)ドル円相場の前年同月比(%)の3つの説明変数で回帰分析を行った。その結果、有意(変数の関係性が偶然ではない)かつ高い説明度(決定係数で0.75)が得られた。これは日経平均の前年同月比の変化の75%をこれら3つの要因で説明できることを意味する。
掲載図は、日経平均の推移(黒色)とその前年同月比(%)の変化(水色)、さらに回帰分析で得られた推計値(青色)を記載したものだ。実際の変化(水色の線)を推計値(青色の線)がおおむねなぞっているのが分かる。
各変数の影響度は次の通りだ。
1)EPSの10ポイントの増加(前年同期比差分、2004年9月水準を100)は日経平均を0.88%ポイント押し上げる
2)ドル円相場1%(前年同期比%)のドル高・円安の変化は日経平均を1.57%ポイント押し上げる
3)日経平均VIの1%ポイントの上昇は日経平均を0.56%ポイント押し下げる。
また、今年4月末時点の日経平均の前年同月比はプラス17%、推計値はプラス13%であり、推計値をやや上回っているが、推計誤差の範囲である。
次にこの推計値を2019年3月まで3通りの想定の下で延長してみよう。EPSは今年4月時点では、非常に好調な純利益の伸びで前年同月比30.1%と高い伸びを示した。日経QUICKが報じる2018年3月期の上場企業の純利益(見込み)も30.9%増である。しかし、2019年3月期については各社業績予測やアナリスト予測も純利益の伸びは1桁台前半に低下するという慎重な見方が一般的のようだ。
そこで第1の中間ケースでは、EPSは2019年3月に向けて前年同月比6%に低下(これは2004年9月以降の平均伸び率5.5%に近い)、ドル円相場は平均値108円、日経平均VIは2010年以来の平均値である23%としよう。第2の楽観ケースでは、EPSは2019年3月まで前年同月比30%の伸び率を保ち、ドル円相場は平均115円、日経平均VIは中間ケースと同じ23%とする。これは現状のコンセンサス的な見通しに比べると、非常に楽観的なケースだ。第3の悲観ケースでは、EPSは2019年3月にかけて前年同月比0%まで次第に低下し、ドル円は平均105円、日経平均VIは他2ケース同様に23%とした。これはコンセンサス的な見通しに比べて、やや悲観的なケースと言えよう。
<円高への振れに脆弱な日本株>
2019年3月の日経平均の3ケースの予想推計値を掲載図に示した。中間ケース(灰色)では、日経平均の前年同月比はプラス10.8%、2018年1月の高値(2万4129円)比はマイナス1.5%。楽観ケース(緑色)では、前年同月比プラス25.7%、高値比プラス11.8%。悲観ケース(紫色)では、前年同月比プラス5.2%、高値比マイナス6.4%である。
前回のコラム「米国株に黄信号、1月の高値を超えられない訳」(2018年4月24日付)で述べた米国株に関する見通しと比較してみよう。米国株については、今年1月の高値水準はすでに2018年中の高いEPS伸び率(約20%)を織り込んでしまっており、年内の高値の目立った更新は可能性が低いと述べた。
その米国株に比べると、日本株が織り込んでいる2019年3月までのEPSの伸び率はかなり控えめで、中間ケースでも2019年3月末時点の予想推計値は1月の高値に近い同じ水準になる。予想のぶれを考慮すれば、2019年3月までに今年1月の高値を更新する可能性は半々程度であると考えて良さそうだ。
また、米国株価については10年物米国債利回りとの関係性が見られた。一方、日本の10年物国債利回りは現下の金融政策によって0%近傍に張り付いており、株価との関係性は見られない。ただし将来、日本でも今の金融緩和政策が出口に向かう局面では、長期債利回りの上昇から円高、そして株安という経路で株価への影響が復活するだろう。
とりわけ米国株と異なる日本株の特徴はドル円相場の影響力の強さである。既述の通り、ドル円相場の10%のドル安・円高は日経平均を15.7%も押し下げてしまう。従って、1ドル110円前後から100円近辺への円高が目先起これば、それだけで短期的には日経平均の高値更新の可能性は吹き飛んでしまうとみていいだろう。
しかも世界的な景気後退、あるいは景気鈍化の局面では、投資家のリスクオフを伴って、こうした円高への振れが生じるパターンが繰り返されている。従って、中期(目先1年から3年)程度を見通すならば、ドルを中心に外貨建て資産については外貨売り・円買いのヘッジ率引き上げ、日本株については高値接近局面で売り上がり、ポートフォリオに占める比率を一段と下げる方針を筆者は取るつもりである。
また、本稿で示した楽観ケースについては、それが実現するとチャート的にも長期右肩上がりのトレンドへの復帰を示唆することになりそうだ。しかし、その前提となるEPSの伸び率は2019年3月まで30%、ドル円相場は平均115円であり、これは筆者にとっては「とてつもない楽観シナリオ」で、それに賭ける気にはなれない。
それでは日本株が長期右肩上がりのトレンドに復帰する可能性は低いかと言うと、長期的にはそれほど悲観していない。既述の通り、2013年以降日本経済は名目ベースでも成長率を回復しつつある。これが長期的には、EPSの上昇基調に加えて、株価押し上げ要因として働いていると考えられる。
今次の景気回復局面での高値更新の余地よりも、むしろ次期景気後退局面で日本株の底値がどの辺りになるかに注目したい。過去四半世紀と同様に直近高値から半値以下の日経平均1万円前後まで下がれば、長期右肩上がり復帰の期待は消し飛ぶ。しかし、リーマン・ショック後のような極端なデフレを回避し、1万5000円以上の水準にとどまれば、底値が切り上がる形で長期右肩上がり復帰の可能性が高まるだろうと思う。
*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
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