[ソウル 22日 ロイター] – 2000年に最初の南北首脳会談が行われる数カ月前、韓国サムスン電子<005930.KS>は、平壌の有力なコンピューター研究施設に73万ドル(約8000万円)を投資した。
北朝鮮のプログラマーたちは、自国外でサムスンが販売するチェスのオンラインゲームと料理レシピを開発する予定だった。
その後、南北関係の悪化を受けてサムスンはこの事業から撤退。当時の研究施設「朝鮮コンピューターセンター」は昨年、北朝鮮の核兵器開発プログラムに貢献したとしてブラックリスト入りした。
現在、韓国からロシア、中国に至るまで、各国企業が北朝鮮政府との緊張緩和による利益を得ようと模索しているが、挫折に終ったサムスンの平壌事業を筆頭として、何百件もの合弁事業が似たような失敗に終わったことを考慮すれば、北朝鮮が世界で最もリスクの高い投資先の1つであることを如実に物語っている。
それにもかかわらず、シンガポールで開催されたトランプ米大統領と金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長による歴史的な米朝首脳会談の数日前に、ソウルで開催された北朝鮮での投資機会についてのカンファレンスには、約600人の参加者が足を運んだ。
韓国最大の企業グループで建設部門を担うサムスンC&Tコープ<028060.KS>では、鉄道建設など想定されるプロジェクトを検証するため、5月に特別チームを立ち上げたと、同社の関係者は語った。
「北朝鮮でどう動くかはまだ明確ではなく、どれだけのリスクをとり得るのかを把握したいと考えている」と、カンファレンス会場でこの関係者はロイターに語った。
韓国国営の韓国ガス公社(KOGAS)<036460.KS>は、ロシアの天然ガス大手ガスプロム<GAZP.MM>と2カ月間にわたって協議を重ね、北朝鮮を通過するガスパイプラインの建設の可能性について議論したとKOGASの広報担当者は語った。
小売大手ロッテや電気通信企業のKT<030200.KS>など、他の韓国企業もここ数週間、中断している北朝鮮関連プロジェクトの再開を検討するためのチームを立ち上げている。
豊富な鉱物資源、貧弱な輸送ネットワーク、本格的な更新が待たれるインフラや電力設備、それに2600万人近い人口を考えれば、ひとたび経済制裁が解除されれば、北朝鮮が魅力的な投資機会になる可能性はある。
だが、北朝鮮とのビジネス経験を有する複数の韓国企業関係者によれば、政治的な不確実性、貧弱なインフラ、さらには、徐々に解除されるにせよ今後もビジネスの制約要因となり得る国際経済制裁のややこしさなど、多岐にわたるリスクも残る。
北朝鮮向けのビジネス戦略についてサムスングループに助言を提供してきた董龍昇(ドン・ヨンスン)氏によれば、サムスンが北朝鮮事業を拡大できなかった理由の一端は、兵器開発プログラムに転用可能な「軍民両用」品目の製造を制限する米国の制裁があったためだという。
「サムスンは、この国で電子レンジさえ作ることができなかっただろう。なぜなら、電子レンジで使われている技術がミサイル誘導システムの基礎になるからだ」と同氏は語る。
<ハイリスク、ローリターン>
2010年、韓国海軍の哨戒艦「天安」が国境近い水域で沈没した事件を受けて、サムスンはコンピューターソフトだけでなく、テレビなどの家電製品や衣料品製造など、北朝鮮でのビジネスをすべて断ち切ってしまった。韓国政府はこの沈没事件について北朝鮮の攻撃によるものだと非難したが、北朝鮮側は否認している。
政治とは何の関係もない障害もあった。
1999年から2004年にかけて、韓国のテレビ部品メーカーは、サムスンやLG電子<066570.KS>に納入する部品を人件費の安い平壌で製造していた。
韓国の電子部品メーカー側の代表を務めていたビジネスマンのPark Byung-chan氏によれば、北朝鮮側のパートナーが汚職事件に絡んで解雇されてしまい、製造が中断したという。
それ以前にも、輸送コストの高さに悩まされていたという。朝鮮半島の西岸には輸送ルートが1本しかなかったからだ。
「われわれ自身ではどうすることもできない、多面的なリスクがあった」とPark氏はロイターに語った。
ロイターが閲覧した米中央情報局(CIA)の公開文書には、2004から2011年までの期間に、オーストリアとのピアノ製造事業、韓国からの投資による平壌での鶏肉やビールの合弁事業、衣料品工場など、北朝鮮との合弁事業が350件以上も記載されている。このうち約4分の3は中国パートナーとの合弁事業だった。
だが、昨年9月に北朝鮮が9回目の核実験を強行したことで、国連安全保障理事会が同国とのすべての合弁事業を禁止した時点では、すでに大半の合弁事業が閉鎖に追い込まれていた。
このうち最も著名な事業だったのは、エジプトの通信会社オラスコム・テレコム(現グローバル・テレコム<GTHE.CA>)と朝鮮逓信公社との合弁会社「高麗リンク」だ。
オラスコムは2015年、保有していた高麗リンクの株式75%について「支配権を失った」と公式に表明した。ロイターが閲覧した申告書によれば、高麗リンクのモバイルネットワーク事業は急速に成長したにもかかわらず、オラスコムは資金を平壌から本国に戻すために何年も苦労を重ねている。
これ以外にも、南北国境の北側にある開城(ケソン)共同工業地区では、北朝鮮による長距離ミサイルの発射を契機として2016年に閉鎖されるまで、韓国企業120社が操業していた。
<ビッグマック登場はまだ先か>
新たに開放される市場では、消費者向け大手企業のあいだで「一番乗り競争」が生じることが多い。
1990年に米国の外食チェーンとして最初にロシア進出を果たしたのはハンバーガーショップ最大手のマクドナルドで、1987年に西側の食品関連企業として最初に中国に進出したのはケンタッキーフライドチキン(KFC)だった。
だが1988年に出店したマクドナルドの韓国1号店で店長を務めたCho Nam-chan氏は、道路事情が悪くサプライチェーンが未整備であるため、マクドナルドが北朝鮮で1号店を出すのは簡単ではないと語る。
「マクドナルドは進出先の市場で利益を上げなければならず、政治的にも安定していることを確かめなければならない。パテなどの現地供給が安定していること、原材料の冷蔵システム、運営全般に必要な十分な電力も条件になる」とCho氏は指摘する。
北朝鮮進出の展望について、マクドナルドに問い合わせたが回答は得られなかった。「北朝鮮は議題に上っていない」という同社最高経営責任者(CEO)の最近のコメントを紹介されただけだった。
前述したソウルでのカンファレンスを共催したコンサルタント会社サムジョンKPMGは参加者に対し、より魅力的なのは新規の鉄道建設などインフラ関連プロジェクトであり、低開発国の支援を目的とした国際機関や各国政府によるコンソーシアムからプロジェクト資金を得られる可能性もある、と語った。
カンファレンスでは、コストやリスクを分担しつつ政治的な懸念を緩和するためには、北朝鮮の同盟国である中国やロシアとの提携を考慮すべきだとの参加者へのアドバイスもあった。
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は4月、北朝鮮の金委員長と北朝鮮内の鉄道や道路の近代化について合意。これを受けて、韓国の建設会社、鉄道車両や鉄鋼メーカーの株価は上昇している。
また、北朝鮮との貿易に対する期待から、中国や韓国の国境近郊都市では不動産価格の回復が見られる。
だが、韓国統一省のShin Hye-seong氏は、経済協力のペースは制裁があるために「期待していたほど早くはならないだろう」と語った。北朝鮮との過去の協力では「複数の問題」が露呈しており、これらの問題を解消するために韓国政府が「体制的な保証」を提供すると述べたが、詳細には触れなかった。
<北朝鮮を信用できるか>
かつて国営電力会社の韓国電力公社(KEPCO)<015760.KS>でCEOを務めたことのあるRieh Chong-hun氏にとって、現在の議論は奇妙なほど馴染み深いものだ。
1995年、北朝鮮が核開発計画を放棄する見返りとして国内2カ所の原子力発電所の建設に協力するべく設立された朝鮮半島エネルギー開発機構において、KEPCOは中心的な契約企業だった。
だが2006年に北朝鮮が核兵器開発を再開したため、わずか3分の1の建設工程が終わった段階でこのプロジェクトは中断され、韓国は11億ドルの出資を回収できないままとなった。
「いまと同じだ。当時、北朝鮮は核兵器を放棄するという大きな約束をして、その見返りに、われわれは原子力発電所を建設することに合意した。当時も北朝鮮を信用してしまったのだ」とRieh氏は語った。
(翻訳:エァクレーレン)