[ポドゴリツァ 16日 ロイター] – モンテネグロの景勝地モラカ川渓谷では、コンクリート製の巨大な柱の上にいる数十人の中国人作業員が、南欧でも有数の起伏に富んだ地形に、最先端の高速道路を敷設する工事を行っている。
巨大な橋や深いトンネルを備えた全長165キロに及ぶ高速道路の建設プロジェクトについて、モンテネグロ政府は「世紀の建設工事」であり、「近代世界への入り口」だと位置づけている。
この高速道路は、アドリア海に面したモンテネグロの港町バールと、海を持たない隣国セルビアを結ぶ計画だ。だが、第1区間となる首都ポドゴリツァ北部の山間部を結ぶ41キロの難工事が終わると、政府は難しい選択を迫られることになる。
第1区間に対して提供された中国からの融資により、モンテネグロの債務は急増し、政府は財政規律を取り戻すため増税や公務員の賃上げ凍結、母親向けの給付金廃止を余儀なくされた。
こうした措置にもかかわらず、モンテネグロの債務は今年、国内総生産(GDP)の8割近くに達する見通しで、国際通貨基金(IMF)は、野心的な高速道路プロジェクト完成のために、さらに負債を負う余裕はないと同国に警告している。
「どうしたら完成できるのか、大きな疑問がある」と欧州連合(EU)の当局者は語る。「モンテネグロの財政余地は大きく縮小している。自らの首を絞めているような状況だ。現段階で、これはどこにも行き先のない高速道路だ」
EU加盟国に加え、モンテネグロやセルビア、マケドニア、アルバニアなどEU加盟を目指す西バルカン諸国では、この高速道路プロジェクトは、中国が欧州に与える影響を巡る活発な議論の中心となっている。
野心的なシルクロード経済圏構想「一帯一路」を掲げた中国が経済的影響力を拡大する中、アジアやアフリカの貧しい国々は、同国が提供する魅力的な融資や、大規模インフラ計画の約束に飛びついてきた。
これにより、中国の巨大な外貨準備へのアクセスなしには不可能だったであろう規模の開発プロジェクトが可能となった。だが、スリランカやジブチ、モンゴルなど、いくつかの国には負債が重くのしかかり、中国依存をより深める結果となっている。
新しい高速道路によって国に明るい未来をもたらそうという夢を追うモンテネグロは、そうした立場に追い込まれた欧州初の国だ。
「この高速道路計画は、モンテネグロでは一大事だ。チトーと社会主義時代の大規模開発プロジェクトを国民に思い起こさせるものだ」。研究者のMladen Grgic氏は、旧ユーゴスラビアの共産主義指導者だったチトー大統領に触れながら、そう指摘した。
「だがそれは、罠(わな)だ。始まったからには、どれほどの害悪をもたらすものになっても政治家には止められない。また率直に言って、政治家は止めたいと思ってもいない」と、この高速道路についての研究を昨年発表したGragic氏は語った。
<さらなる財政悪化も>
アドリア海沿岸とセルビアを結ぶ新しい高速道路の建設計画は、モンテネグロが旧ユーゴスラビアから独立した前年の2005年にまでさかのぼる。このプロジェクトは1991年からほぼ間断なく大統領または首相の職にあるジュカノビッチ現大統領が主導した。
高速道路の建設によって、発展が遅れている北部経済を活性化し、セルビアとの貿易を増やして、危険な悪路が多い狭くて曲がりくねった山間部の交通路の安全性を確保することを、政府は狙っている。
これ以上債務を増やす余地が限られているため、高速道路の残る3つの区間完成に向けて、政府の選択肢は限られている。
政府がいま乗り気なのは、官民パートナーシップ(PPP)だ。外部の民間業者が高速道路を建設し、国から営業権を得る「コンセッション方式」で30年間運営して投資を回収する案だ。
第1区間の建設を請け負った大手中国国有企業の中国路橋工程(CRBC)が、残りの工区をPPPで建設する覚書に署名している。
だが欧州の金融関係者は、その計画の実現には、モンテネグロがコストの高い収入保証を強いられ、同国の財政がさらに逼迫(ひっぱく)する可能性があると懸念している。
IMFは5月、大きな追加債務を伴う形でのPPP計画に対してモンテネグロ政府に警告を発した。EUに加盟するまで高速道路の完成を待つべきだと指摘する関係者もいる。
加盟国になれば、モンテネグロはEUの開発基金にアクセスできるようになる。EUは今年、大まかな加盟めどとして2025年を検討しているが、実際には10年以上かかるとの指摘もある。
<フィージビリティスタディ>
高速道路の建設計画を巡る疑念は、2006年と2012年にそれぞれ行われた採算性調査が、どちらも採算性の見込みがないと結論づけたことを受けて浮上した。
フランスの調査会社がモンテネグロ政府のために実施した2006年調査と、米国企業が欧州投資銀行(EIB)の依頼で実施した2012年調査をロイターが確認したところ、どちらもコンセッション方式を成り立たせるには交通量が不十分だと結論づけていた。
しかし、中国輸出入銀行の依頼で、再び新たな採算性調査が、モンテネグロ大の経済学教授たちの手で行われた。
モンテネグロ政府によれば、この調査では高速道路に採算性があるとの結論に至ったという。だが調査結果は公表されておらず、ロイターも確認できなかった。CRBCの親会社である中国交通建設も、調査結果についてコメントの要請に応じなかった。
EUの支援を受けている汚職監視団体MANSは、建設計画が2014年に承認される前に、構想の根拠となるデータを議員に公表するよう迫ったが、政府は拒否した。
「高速道路建設計画を正当化するために交通省が使ったデータは、偽造されたものだと確信している」と、MANSの幹部は語った。
政府はデータ改ざんを否定。高速道路は、経済や社会に長期的な恩恵をもたらし、懐疑派が誤っていたことを証明するだろうと主張する。
中国の支援を得て、モンテネグロからつながる高速道路を建設しているセルビアのミハイロビッチ副首相も、同様の見方を示す。
「短期的な視点では経済的に正当化できなくても、戦略的に重要な投資はある」と、ミハイロビッチ副首相はロイターに述べた。
EU加盟国に囲まれた、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、マケドニア、モンテネグロとセルビアの西バルカン諸国は、1990年代の独立戦争以降、投資の遅れや統治の不備などに悩まされ、経済的に落ちこぼれている。
この10年、EUが一連の危機対応に追われ、加盟ブロックの拡大が棚上げされていたため、ロシアやトルコなど他の勢力がその隙間に入り込んだ。
特に、中国の動きが活発だ。2012年、東欧や南欧の16カ国と投資機会について話し合う「16+1」の年次対話を始めたことで、中国はEUの怒りを買った。
その1年後、中国はアジアから欧州やアフリカに至る陸路と海路のシルクロード経済圏構想「一帯一路」を打ち出した。
西バルカン諸国は、欧州南部の要衝に位置し、中国にとっては中欧やその先へと至るアクセスを確保するためのカギとなる。
この地域に向けた中国の投資は、高速道路や鉄道、発電所などのプロジェクトを含め、総額で60億ユーロ(約7900億円)を超える。地域最大の経済であり、中国と長年の同盟関係にあるセルビアが、その大半を受け取っている。
モンテネグロが中国の関心を引く理由はいくつかある。アドリア海経由で欧州に入る入り口となるほか、もしモンテネグロがEUに加盟すれば、経済的、政治的結びつきは、より価値のあるものになる。
<懐疑派>
モンテネグロが中国輸出入銀行から受けた8億900万ユーロの融資は、高速道路の第1区間にかかる建設コストの85%をカバーする。
このドル建て融資は利率2%で返済期間20年、そして6年の返済猶予期間が設けられている。魅力的な条件だと言えるが、人口62万人のモンテネグロの財政に長期的に重くのしかかることになる。
法的な争いが起きた場合には契約上、中国の仲裁裁判所が裁判権を持つ。また、CRBCが同国に持ち込む建材や重機などについて、関税と付加価値税の免除を約束されている。建設作業の70%は、中国の労働者に任される。
第1区間の建設現場では、3605人の労働者が忙しく作業を進めている。その3分の2程度が世界最大級の建築会社CRBCの従業員だ。
中国人作業員は、4カ所ある青い屋根の平屋建て宿舎で寝泊りしている。一帯には、中国語と英語で、細部をおろそかにせず、責任を持って作業に取り組むよう呼びかける看板が立てられている。
「CRBCは、ほかの区間の建設も行うことになると考えている」。6月の暑い日の午後、CRBCのKang Shifei副プロジェクト長はロイターにそう語った。頭上には、モラカ渓谷を横断する長さ1キロの橋を支えることになる巨大な柱がそびえている。
モンテネグロ政府は、融資に為替ヘッジを行っておらず、当初計画にあった重要な有料道路も見送ったために、コストは拡大し続けている。現在10億ユーロ近くまで増加しているが、これは同国GDPの4分の1近くに相当する。
ワシントンに拠点を置くシンクタンク世界開発センターは3月、中国の一帯一路に絡む負債リスクを点検した報告書を公表。この中で、モンテネグロを、ジブチやモルジブ、ラオス、モンゴル、タジキスタン、キルギスタン、パキスタンと並び、もっともリスクが高い8カ国の1つに位置づけている。
高速道路計画の残る4分の3は、より平坦な地域を通るもので、IMFは完成までにさらに12億ドル(約1350億円)の建設費が必要になると見積もっている。
モンテネグロのマルコビッチ首相は、どれほど費用がかかっても完成させると述べ、水力発電や観光の分野でも中国と協力を深めると約束している。批判するのは「信じようとしない人たち」だと一蹴した。
だが野党の政治家は、国の財政や中国の役割を懸念している。
野党URAのアバゾビッチ党首は、中国のような経済大国が、EUや米国、ロシアと肩を並べて、この地域での役割を求めるのは普通のことだと指摘する。
だがプロジェクトの巨大さゆえに、中国政府がモンテネグロに対し、さらに大きな影響力を持つ結果になるのではないかと懸念していると同党首は述べた。「中国は、極めて快適な立場を得ることになる」
(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)