【帽子】西洋の帽子はモンゴルのボガーダが起源 アイデンティティの象徴に

モンゴルの文化は乗馬やジューシーなバーベキューなどが有名ですが、モンゴルの人々は美術やファッションの愛好家でもあったのをご存知ですか?特に古代モンゴル朝廷の女性たちのファッションは、国境を超えヨーロッパのハイファッションにまで長きにわたる影響を与えました。

1206年に中国北部の部族を統一したチンギス・ハンは、モンゴル帝国の創始者として知られています。モンゴル人は漢民族以外で初めて中国を支配した民族で、チンギス・ハンの孫、クビライ・ハンにより元朝(1271-1368)が開かれました。ユーラシア大陸に広がるこの巨大な帝国では、中央集権の力により多くの伝統芸術が交流する一方で、古代モンゴル独特の文化と特有の美的感性が維持されました。

モンゴルの多くは牧畜用の草原で覆われており、そこで草を食む牛や馬はモンゴル人の食生活だけでなく、衣類にも影響を与えました。豊富な羊がいるため、羊毛がモンゴル人の衣服の主要な素材となります。

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「クビライ・ハンの狩猟」(元王朝画家・劉貫道(りゅう・かんたお)作):馬に乗るクビライ・ハンと王妃チャブイ(パブリックドメイン)

劉貫道による「クビライ・カンの狩猟」という絵画には、北部の草原を背景にクビライが王妃のチャブイと共に馬に乗っている姿が描かれています。クビライはハンターや役人に護衛され、一行の後ろには、砂漠の斜面を行進するラクダの一群が見えます。

「クビライ・ハンの狩猟」(元王朝画家・劉貫道(りゅう・かんたお)作)詳細:毛織物の衣服を来たクブライ・ハンとチャブイ(パブリックドメイン)

クビライとチャブイは白い毛織物の服を着て、 上向きのつばの付いたフエルト製の帽子を被っています。

モンゴル人は好んで帽子を被っていました。伝統的なモンゴルの帽子は縁のないものでしたが、帝国が南方に拡大するにつれ、強い太陽からの日差しを遮るために縁のあるデザインに変わって行きました。

モンゴルのあらゆる服飾品の中で最も特別なのは、古代モンゴルの女性の頭飾りと言えるでしょう。既婚の高貴な女性は、彼らの地位の象徴としてボガーダと呼ばれる頭飾りを着用していました。ボガーダは朝廷の公式行事のみならず、結婚式のような儀式でも着用されていたそうです。

「クブライ・ハン夫人の肖像」:ボガーダ冠を着用したチャブイ(パブリックドメイン)

「クブライ・ハン夫人の肖像」では、見る者を凝視するボガーダ冠を着用したチャブイの堂々とした姿が描かれています。この特別な頭飾りは高さ約60cmで、上部が膨らんだ形になっています。通常、樺の木の樹皮で作られた円筒形の木枠をフエルトが覆っていますが、この絵のチャブイに見られるように、高貴な人々は深紅の絹を好んで使っていました。チャブイの髪の押し込まれたボガーダは、紐で彼女の頭にしっかりと固定されています。本体と冠の部分は真珠や翡翠のような宝石で、最先端は雉や孔雀の羽で飾られています。両脇には繋がれた真珠や黄金、ルビーで出来た豪華な飾りが下がっています。

ボガーダは地位を表すだけでなく、男女の衣服の区別が明確でなかった当時において男女を区別する役割もありましたが、モンゴルの馬術文化はボガーダを着用して馬に乗る女性の気高い雰囲気を強調したので、女性の地位が高いほど、ボガーダはより精巧で華やかなものとなりました。更に、帝国が中央アジアのイスラム文化圏まで拡大すると、ボガーダの装飾にもエキゾチックな布や宝石が使われるようになりました。

この肖像画で、チャブイはモンゴルの民族衣装であるデールを着用しています。デールは襟のある丈の長い上着で、乗馬や宮廷の公式行事など、それぞれ着用する場面によって異なったデザインがありました。

肖像画のチャブイは、黒地に金銀の複雑な花模様が刺繍されたデールを着ています。これらの刺繍は「ナシシ」として知られる元王朝特有の刺繍で、中央アジアを起源としています。このデールには細い金糸が銀糸と共に絡み合うように刺繍されており、その豪華さを表現するために、肖像画には金の色素が使われています。

韓国など外国の王たちがモンゴルの王妃を娶ると、それらの王朝で王妃のスタイルが流行するようになり、同時に帝国の周辺でもモンゴル風の衣装を身に着けたので、モンゴルのファッションは拡大の一途を辿りました。例えば中世ロシアの王女たちが着用したベルト付きで丈の長いチュニックは、デールに似た特徴があります。

「真実の愛の寓話の祭壇画」(15世紀フランドルの画家ハンス・メムリンク画)ヘンニンを着用した中世の貴婦人の肖像(パブリックドメイン)

しかし、モンゴル王朝に数多く集まった朝貢者たちが最も興味を惹かれたのは、デールではなくボガーダでした。旅行者たちは洋の東西を問わずボガーダに魅了され、その詳細を伝えたのです。

マルコ・ポーロが13世紀にモンゴルに旅行した際、ヨーロッパにボガーダを持ち帰ったことが記録されています。 やがてボガーダは中世ヨーロッパの貴婦人が着用したヘンニンと呼ばれる頭飾りの発展に影響を与えるようになりました。

ボガーダが真っすぐ上に伸びているのに対し、ヘンニンは後ろに傾いた円錐形で、孔雀の羽根飾りの代わりに薄い紗の布が使われています。今日では中世の貴族の象徴と認識されているヘンニンですが、実はこの中世の姫君の帽子は、モンゴル帝国の女王のボガーダを直接のモデルとしたものなのです。

 
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