武漢市民の徐さんは、今年2月に中共ウイルス(新型コロナウイルス)で父親を亡くしました。先月、徐さんは武漢市中級裁判所に責任追及と賠償金を求める訴状を送りました。これは「新型コロナウイルス肺炎賠償金請求法律顧問団」の発足以来、2つ目の損害賠償請求訴訟となります。
武漢市民の徐さんによると、ずっと健康だった父親が今年1月中旬に突然体調を崩し、風邪の症状が現れたと言います。
武漢市民 徐さん
「父が風邪で注射に行ったのは1月16日頃で、ヒト-ヒト感染については知らなかった。メディアで感染症があるようだと聞いただけで、何の感染症かは知らなかった。噂では肺炎感染症のようだと聞いたが、数日後、政府はその噂を否定し、そのようなことはないと言ったので、誰もそれを真剣に受け止めなかった。父も普通の風邪で、感染症とは思わなかったので、注射のために地域の病院に行った。当時、誰もがマスクを着用しておらず、予防もなかった。当時は噂が否定されたため、武漢全体が予防措置をとらなかった」
金銀潭(きんぎんたん)病院の専門家が医学雑誌「ランセット(The Lancet)」に発表した論文によると、武漢市疾病予防コントロールセンター(CDC)は、遅くとも昨年12月16日の時点で疫病に気づいていましたが、医療部門の内部だけに通達しました。外部には「ヒト-ヒト感染はしない」「予防と制御が可能だ」と繰り返し主張していました。 今年の1月20日になって、「人から人へ感染する」ことをようやく認めました。1月23日には突然、武漢市のロックダウンを発表しました。大量の患者が押し寄せ、武漢の医療システムはすぐに崩壊しました。
武漢市民 徐さん
「父は1月25日に発熱し始め、夜に病院でCTスキャンをしたが、両肺に重度な感染があると示された。ウイルス感染であることがほぼ確定できたが、PCR検査を行う必要があると言われたので、指定された病院に行って並んだ。当時は自ら病院に行くことが許されず、居住区事務所の手配に従うのみだった。120番(救急車)に何度も電話をかけたが、断られた」
「新型コロナウイルス肺炎賠償金請求法律顧問団」パートナー 楊占青氏
「両肺とも白くなり、医師も感染症の疑いがあると考えたにもかかわらず、PCR検査を要求した。当時はPCR検査で陽性と判明した人だけが入院できるという方針だったので、彼らはさらに2日間待ってPCR検査の結果(陽性)が出てから、入院の順番を待つ資格がもらえた」
1月29日、家族のもとにようやく知らせが来て、高熱が続く父親を病院に連れて行くことができました。
武漢市民 徐さん
「1月29日正午に病院に到着後、ロビーで5時間待たされた。午後5時にようやく病室に入れた。父に会ったのもそれが最後だった」
「新型コロナウイルス肺炎賠償金請求法律顧問団」パートナー 楊占青氏
「彼女によると、病院に到着した後、基本的に面倒を見てくれる人はいなく、トイレに行くこともできず、ベッドで済ませるしかなかった。実際は死を待っている状況だった」
1月31日、病院から危篤通知が来て、2月2日の早朝には亡くなったと知らされました。
武漢市民 徐さん
「2月2日午前3時30分頃、父が亡くなったとの知らせの電話が来た。緊急救命処置を行ったが、多臓器不全で亡くなったと言った。私たちが病院に着いたときには、関連手続きのみが残されていて、 父はすでに死体袋に入れられていた」
楊占青氏
「これは政府が初期段階で伝染病を隠したことを示す典型的な事例だ。普通の人々は伝染病がすでに広く蔓延していることを知らなかった。このことを知ったときには、感染が広がって半月も過ぎていて、すでに深刻な状況になっていた。しかし、利用できる医療資源はなかった。さらに当局は制限を設け、PCR検査で陽性が出た人だけに治療を受ける機会を与えた。結局は治療を受ける機会はなかった」
徐さんは7月20日、武漢中級裁判所に速達で賠償金を求める訴状を郵送しました。武漢市中級裁判所は7月21日、受領書に署名しました。
武漢市民 徐さん
「悲しみと憤りを抑えられない。父はこのようにして逝ってしまった。最期を看取ることもできず、葬式さえもできなかった。人がこのように突然逝ってしまうなんて、耐えられない。彼らは責任を取るべきだと思う。市民に知らせなかったことは最大の過ちだ。知らせさえしていれば、何らかの予防措置をとっていたはずだ。みな何も知らない状況下で感染した」
自分の権利を守ることを決めた当初、徐さんはメディアで報道されることを望んでいませんでした。しかし、訴状を送ってから日にちが過ぎても、どの部署からも返事がありません。「新型コロナウイルス肺炎賠償金請求法律顧問団」のパートナー、楊占青(よう・せんせい)さんは、「メディアで暴露されると、地方政府関係者は彼女に放棄するよう強要するだろう。 メディアに露出しなければ、彼女が訴訟を起こそうが何しようが、誰も気にかけないだろう」と述べています。